魚をキレイに食べる人
「食」が、様々な分野につながるテーマであることから、
「食育」として人々に伝えたいこと、渡したいことは想像以上に広範囲である。
しかし、長く地域の食育に携わらせてもらっている私の中に、
近年、非常にシンプルで具体的な目標ができている。それは、
「魚をキレイに食べる人」を増やそうということであり、
そのことはシンプルながらも、奥が深く、様々な要素が関連する総合学習なのである。
皆様ご存知の通り、小浜市の特産品には、
若狭湾で水揚げされる豊かな海の幸があるが、
塗箸についても全国一の生産量であり、
伝統的な手法を用いた「若狭塗箸」は、海外でも評価が高い。
「箸」の起源は、今から三千年前の中国にあり、
人間が火を使うようになったことで、
調理や食事の際に熱いものを掴むために誕生したといわれている。
日本では、弥生時代に神様に食べ物をお供えする際の神具として使われており、
食事に使われるようになったのは、その後七世紀ごろである。
小野妹子ら遣隋使によって日本に持ち込まれた食事用の箸は、
聖徳太子が、朝廷での食事の際に取り入れたことから、
日本国内に広がったといわれている。
このように大陸から伝わった箸ではあるが、
日本の箸の形状は中国や韓国、ベトナムなど箸食文化を持つ諸外国とは異なり、
木製で先端が細く削られている。レンゲや匙と併用することもない。
それは、日本人の食べ物と関連があるのだろう。
もともと日本人の食べ物は、米を主食に野菜や魚が中心である。
細い箸は、食事の場面で必要な
「つまむ、はさむ、すくう、裂く、のせる、ほぐす、切る、混ぜる」など、
ほとんどの作業が可能であり、
とりわけ魚を食べる際に便利である。
魚の骨と骨の隙間に細い箸先を入れて、魚の白い身を丁寧にむしって口へ運ぶ。
大小の骨をよけながらも、海からの恵みを余すことなくいただくのである。
このような訓練とも思える所作の積み重ねが、
手先が器用な民族「日本人」を育んできたのかもしれない。
いずれにしても、小浜にいると、日本の箸文化と魚食文化には、
密接なつながりがあるように思えてならない。
話を戻そう。「魚をキレイに食べる人」になるためには、
どうすればよいか。まずは、魚を好きになることである。
その上で、魚の身体のつくりを知ってほしい。
美しい箸づかいが出来る方がよい。
さらに、魚そのものや料理人の苦労に「いただきます」と感謝し、
一緒に食べる人を気遣う心根も欲しい。やはり総合学習なのである。
小浜市では、食育事業の一環として平成二十五年度より、
学校給食に「マダイ給食の日」を設け、すべての小中学生が、
美しい箸づかいとともにマダイの食べ方を練習する。
さらに、中学二年生になると、全員が食文化館において、
自ら鮮魚を捌き、調理し、食べ方を練習する。
小浜で生まれ育った子ども全員が、「魚をキレイに食べる人」になれるよう、
学校も行政も応援しているのだ。
「魚」と「箸」。これら小浜の宝物は、
観光業や飲食業など地域経済の豊かさにつながるだけではなく、
大切な小浜の子ども達の内面を育てる力がある。
想像してみてほしい。小浜で生まれ育った子ども達が、
大人になり社会に出て、誰かと一緒に食事をする場面において、
美しい所作で箸を使いこなし丁寧に魚を食べる姿を。
その姿は、故郷の「御食国若狭おばま」において、
十分に育ちきった証ではないだろうか。
小浜市政策専門員(食育)
御食国若狭おばま食文化館館長 中田典子